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病室でのあの光景は一生、忘れない。
夕日に照らされた彼の瞳からは、大粒の涙が溢れていて。
力強く握る手からは、彼のやるせなさと自分に対する望みをひしひしと感じた。
『二人を頼む』
親父の、最後の言葉。
長男として残されたお袋と妹の二人を見守るのは自分の義務なのだと、心に深く刻んだ瞬間だった。
社会人二年目の時、言い渡されたのは地方支社への転勤。
正直、二人を残して行くのは本当に気が引けた。
それでもお袋に背中を押され、泣く泣く行ったものだが、今年になって急遽決まった本社勤務。
これで親父との約束が守れると安心していた。
しかし帰って来て早々、俺を悩ませている奴が一人いる。
「鈴?…鈴ってば!」
「えっ?あ…ごめん」
この上の空の、妹だ。
いつも元気だった筈のこいつと久しぶりに会った時は、言葉も出なかった。
顔はやつれているは、明らかに痩せているは、まるで別人のように変わりきっていたのだ。
そしてお袋からこっそり聞いたのは、"失恋"の二文字。
『前まで写真飾ってたのに、またしまっちゃったのよ。それから元気に見せてるけど、どう見ても強がってるだけだし…』
『相手は?』
『あたしもよく知らないの、写真も後ろ姿だったし。でもスーツだったから社会人じゃないかしら』
前の彼氏とはまた違う"その男"の存在を、そこで初めて知った。
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