最期

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そういえば何年この人と一緒にいたんだっけ、と今更になってふっと思う。うっすらと頭の中に膜を張るようにしてやってきた睡魔は確実に私を眠りに誘おうとして、ふっと思い付いた事柄を緩やかな速度で忘却まで流そうとするが、私はそれにやんわりと抗いながら、それでも数えることが億劫となり、隣で胡座をかき、私を見下ろしている旦那に訊ねる。もう八十を余るというのに未だ禁煙の出来ない旦那は紫煙を美味しそうに口から吹き出し、そうじゃなぁ、としゃがれた声で私の質問の答えを模索し始める。初めて出逢った時はお互い老人となった姿を想像するのが困難だったというのに、今では逆にお互いの子供の頃の姿を思い出せるかどうかが怪しかった。それでも旦那、もとい爺さんは両目をギョロギョロと左右に動かし、ゆっくりと丁寧に、指先を折っていく。 「分からん。数十年くらいじゃないか?」 放棄された。あぁ、忘れてた。この人はめんどくさがりで諦めが早い人だった。分からんじゃないよ、このもうろくじじい。閉じそうになる瞼を無理矢理開きながら私は呟く。すると、爺さんは開き直ったように胸を張り、煙を吐いては吸うを繰り返し、どこまで数えたのか忘れたんだ、っと呟いた。やっぱりもうろくじじいだ。思わず笑いが零れる。爺さんは笑われたことが悔しかったのか僅かに唇を尖らせた。その癖は昔から変わらない。 「ガキの頃に出逢ってそれからずっと一緒で、死ぬ間際まで一緒なんだ、どれくらいって聞く方がおかしい」 「やだ、私、貴方みたいな人と人生の半分どころか殆ど一緒にいたってことになるのね、それだと」 「ふはは、残念だったなクソ婆、御迎えがくる時も俺の隣で過ごすことになるなんてな」 「本当にね、私の人生を返せクソ爺。振り返る思い出全部に貴方がいて激しく不愉快よ」 「それはこっちの台詞だ。お前は俺がこのまま看取るが俺は綺麗な姉ちゃん達に見送られるからな、良いだろう」 「それはいいわね。綺麗なお姉さん達がいればの話だけど」 クスクスと笑う。爺さんは短くなった煙草を灰皿に押し付け火種を揉み消し、それから、その手で私の髪を鋤く。しわしわな指先が優しく白いだけの髪を滑って、これが元気な時なら文句のひとつでも言って振り払うのだけれど、そんな気力もない。
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