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歳を取った。互いに。本当に。思考を奪おうとする睡魔が強くなった気がした。瞼が閉じかかる。でも、頑張って開く。あと少し。あと、少しだけ。
「……いろんなことがあったわね」
「……そうだな」
「……貴方が浮気したり借金したり浮気したり浮気したり」
「まだ根にもってんのかお前は」
「……今、思い出したのよ」
「嘘つけ、喧嘩するたんびにその話題を持ち出してただろう」
「……あら?それでも、別れなかった私に感謝しなさい。貴方の傍にいられるのは、私しかいないのよ、今も昔も」
「……そうかよ」
「……そうよ」
「…………ひとつだけ聞いておいてやる」
「…………なによ?」
「……お前は、幸せだったか?」
俺といて、幸せだったか? 幸せになれたか? と覇気のない声で爺さんは私に問いかける。幸せじゃなかったとでも言わせたいのかこのバカは、と思ったけど、怒る気力もない。ただただ眠い。そろそろ限界だと私は悟る。
「………………なにいってるのよ、わたしが、あなたを、しあわせに、してあげたんじゃ、ない」
幸せだったに決まってるじゃない。
瞼が閉じる。もう開けない。
爺さんが鼻で笑った声がした。
「バカいえ、俺が幸せにしてやったんだよ、安心しろ。お前の後を追うなんて真似はしないから。だから、幾ら寂しくても俺が恋しくても迎えになんか来んじゃねぇぞ」
「……………アホいってんじゃ、ないよ、あんたみたいな、ろくでなし、迎えになんか、来ないわよ、くそ、じじい」
「うるせぇー、さっさと逝きやがれくそ婆」
声が震えてる。そう指摘しようとして無理だと気付く。瞼は開かない。口を開けようにも開けられない。眠りに、落ちる。でも、爺さんの声が聞こえ、る。聞こえ、た。ありがとう。なんて、柄にもないこと言ってんじゃないよ。だって、その言葉は、こっちの台詞、なんだから。
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