第一章

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 赤嶺勇次郎はごく一般的な家庭というものを理解していない。 『忘れるな』  実家で生活した十二年間――小等部六年生までの記憶を振り返ると、真っ先に思い浮かぶのは冷徹な赤色の瞳だった。 『お前は、肥料だ』  地を這うように低い声が勇次郎を押さえ付ける。 『勇太郎の成長を促す栄養物質だ。お前には、期待していない』 『…………』  勇次郎は黙って歯を食い縛った。  冬の頃、時代錯誤した広壮な日本家屋の庭の最奥。併設した道場で稽古をしている赤嶺勇太郎には決して見付からない場所で、勇次郎とその父親――赤嶺勇大は向き合っていた。  寒風が容赦なく吹き付ける。手足が痺れるほどの寒さも気にせず、勇次郎は胴着から覗く剥き出しの拳を握り締め、無言で俯く。 『勇太郎は優良だ。それに比べて、お前は……』  辛辣な言葉を受け止め、飲み込み、身の内から湧き出る恨み辛みを外に漏らさないようにするのに必死だった。  そんな勇次郎を見下し、勇大はふんと鼻を鳴らした。 『身体能力も並、頭脳に至ってはそれ以下……どうして、赤嶺家にこのような出来損ないが生まれたのだろうな』 『……オレだって、こんなとこに、生まれてきたくなかった』 『ん? なんだ、何を言った?』  耐えきれずにこぼれた呟きは、両者を引き裂くように吹いた風が掻き消した。
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