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それは、即ち明人には勇次郎の現況を変えるだけの力があるということだ。
童心でもなんとか飲み込めた要求に、違和感が囁きかける。
『ゆうじろー? どったの?』
自分の知る明人と、本人が語る明人に誤差が生じる。曇りのない瞳で勇次郎を射抜き、首を傾げてみせた明人を、知らない少年のようだと錯覚した。
『う、ううん、何でもねーよ……明人兄ちゃん』
『ん? なあに?』
勇次郎は、緊張に鼓動を早める心臓を落ち着かせる為に大きく息を吸い込み、
『父さんに見つかる前に、帰ったほうがいいぜ』
『…………』
明人は黙り込んだ。浮かべた笑みは崩さないまま、続きを促す。
色々と気になることはあるが、勇次郎は父親の思考に沿うであろう選択をした。
『さっき怒られてちゃってさ! 今、父さん機嫌悪いし、明人兄ちゃん早く帰りなよ!』
最大限に明るい表情、声音で必死に誤魔化す。笑顔を浮かべていれば、何て事のないように振る舞っておけば、兄である勇太郎は気付かなかった。それなら、その友人の明人も騙されてくれるのではないか――
『はあ……』
そんな勇次郎を見て、明人は初めて笑みを消した。呆れ顔で溜め息を一つ。そして、
『うっさい』
『いったあ!?』
一縷の望みは、額で弾けた痛みに消し飛ばされた。
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