第一章

5/16
前へ
/76ページ
次へ
 それは、即ち明人には勇次郎の現況を変えるだけの力があるということだ。  童心でもなんとか飲み込めた要求に、違和感が囁きかける。 『ゆうじろー? どったの?』  自分の知る明人と、本人が語る明人に誤差が生じる。曇りのない瞳で勇次郎を射抜き、首を傾げてみせた明人を、知らない少年のようだと錯覚した。 『う、ううん、何でもねーよ……明人兄ちゃん』 『ん? なあに?』  勇次郎は、緊張に鼓動を早める心臓を落ち着かせる為に大きく息を吸い込み、 『父さんに見つかる前に、帰ったほうがいいぜ』 『…………』  明人は黙り込んだ。浮かべた笑みは崩さないまま、続きを促す。  色々と気になることはあるが、勇次郎は父親の思考に沿うであろう選択をした。 『さっき怒られてちゃってさ! 今、父さん機嫌悪いし、明人兄ちゃん早く帰りなよ!』  最大限に明るい表情、声音で必死に誤魔化す。笑顔を浮かべていれば、何て事のないように振る舞っておけば、兄である勇太郎は気付かなかった。それなら、その友人の明人も騙されてくれるのではないか―― 『はあ……』  そんな勇次郎を見て、明人は初めて笑みを消した。呆れ顔で溜め息を一つ。そして、 『うっさい』 『いったあ!?』  一縷の望みは、額で弾けた痛みに消し飛ばされた。
/76ページ

最初のコメントを投稿しよう!

424人が本棚に入れています
本棚に追加