第一章

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 それまでの勇次郎にとっては、極致正義の側に立ち、絶対正義を敵として思考するのが当然だった。 『使い古された言葉だけど、世界は広いよ。それに、一つじゃない』  その凝り固まった世界観の中に、絶対正義を敵と見なさない明人の存在が割り込む。  端末をしまった明人は、何気なく近くに生えていた花を摘んだ。  明人の指先で揺れる花はプリムラという桜草の一種で、燃える炎のような赤い花弁を持っていた。  ぷちり。手持ち無沙汰にさ迷っていた指が、花弁を一枚千切り取る。 『勇次郎、お父さんは何をしてくれた?』  辛辣な言葉が胸部のどこか――核とも言える箇所に突き刺さる。 『ちが――』 『なにが違うの? 俺は訊いただけでなにも言ってないのに。勇次郎はなにを否定したの?』 『ちがう、オレは、父さんにたくさんしてもらった!』  言葉に呼応し、日常の記憶が流れていく。自宅、学校、道場。主観は勇次郎だが、それらの根元を支えているのは親である勇大だ。  その記憶は、明人の問い掛けを否定する切り札になる――はずだが。 『なにを? それは「勇次郎の為」の行動なの?』  棘の刺さったそこを、氷の手で鷲掴みにされ、杭のようにじわじわと押し込まれる。  その間にも指先は止まらず、赤い花弁がはらはらと落とされていく。徐々に、生気を失う赤色は、ちらりと視線を落とした勇次郎にある人物を想起させた。
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