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~序章~
仄暗い闇の中、湿った土の上に座り込み、少女はぼんやりと遠くを見つめていた。
雑木の梢を吹く風の音が、夢ともなく現実ともなく、少女の耳元を通り過ぎては消えてゆく。
山と山の間に見える僅かなひかりが少女の瞳に反射して小さな焔を灯していた。
「かずくん、かぎろひが見えるよ」
少女は頬にこびりついた血をそのままに、ふうっと頼りなく笑った。
すると、筋肉の動きに引っ張られ、乾燥した血が、かさかさと音を立てて小さく剥がれてゆく。
左の脇腹から大量に流れる血液が、地面に大きな黒いしみを作っていた。
意識がだんだん遠くなる。
でも、少女は気にならなかった。
もう、なにも気にはならなかった。
その唇に浮かぶ笑みは、見る者に満たされた安堵がにじむ、穏やかで、幸せそうなものに映るかもしれない。
けれど、紅く濁った瞳に浮かぶ感情の色。
それは、紛れもなく狂気だった。
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