第2話 結婚のご提案

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 この提案を社長に呑ませるのを手伝ってくれた彼にしても、エイプリルフール企画で敬一に嫁候補が現われるとは信じていないらしい。  最初は「お前、気でも狂ったのか」とネットでの嫁募集の意図をあきれられた。 「結婚、ってのは付き合ってからするものだから、先ずは「恋人募集中」だろ?」とも言われた。  恋人が欲しいというより、嫁が欲しい、結婚したいのだ、と本心を明かすと、怪訝な顔をされたものだ。  仕事をしている振りを装いながら、敬一が再び告知サイトを開いてみると、記事の閲覧数は更に増大していた。  爆発的、と言っていいかもしれない。  自分の「嫁募集中」の記事が忙しくネットで閲覧されているという事実に、或る種の昂揚感を押え切れない。  しかし、嫁に応募してくれた人は、まだいなかった。  敬一は深い溜息をつき、丹精を込めた力作である記事を、醒めた眼でレビューしてみた。 「貯金がほとんどありません」と正直に打ち明けたのは具合が悪かっただろうか。  ネットを読むような女性、或いは自分でもネットにブログを書いたりフェイスブックやツイートをしている女性は、顔写真を堂々と掲載している人もいるぐらいで、上昇志向が強い人間かもしれない。  IT企業の創業者社長あたりだと憧れの存在に成れるとして、定職に就いているとはいえ、貯金がない男が関心を持ってもらえないのは世の常であろう。  しかし、嫁募集の、いわば「釣書き」で嘘をつくわけにはいかない。 「一緒に群馬の田舎で暮らして欲しい」と書いたのも失敗だったかもしれない。  だが、今は元気でいてくれる両親だって、歳を取れば足腰が弱り病気になるかもしれず、これまで自分を育ててくれた両親の老後は、長男として面倒を見るつもりだし、是非ともそうしたいのだ。  周囲を見渡すとどうやら一人っ子が多く、もしかしたら女の子にもそういう覚悟の人がいるかもしれない。  嫁に両親の世話をしてもらおうというつもりで書いたわけではないけれど、自分の田舎で、との要望を記したのはうかつだったかも、と敬一は頭をかいた。  相変わらず「嫁募集中」に応募してくれる女性は現われず、敬一はいつものように同僚仲間達と一緒に近くの弁当屋へ向かった。
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