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「織田、ま、元気出せよ。少なくともうちのサイトへのアクセスは急上昇、あの告知記事は会社にエラく貢献したんだからな」
まるで、もう諦めろ、というような調子で、先輩格の田崎にまで慰められる始末だ。
彼もこの業界に多く棲息する「恋人ナシ独身三十代男」の一人だった。
「この弁当屋のスナップ・ショットなんてのを載せたのが、敗因だったな。女の子はさ、コンビニとか弁当屋に通うシケた男になんて、全然興味ないんだよ。
普段着の姿といっても、やっぱ、せいぜいスタバあたりで写真を撮るべきだったよな」
明夫まで今になって前言をひるがえし、そんなことを抜かしている。
弁当をぶら下げてオフィスに戻る「独身男の物悲しさ」が女性の母性本能をくすぐるかも、とアドヴァイスしてくれたのは彼だったはずだ。
田崎が弁当の釣銭を受け取りながら、真面目な顔で呟いた。
「スタバぐらいじゃ駄目だろうな。最近は、男に食わせて欲しい、と永久就職を狙う女の子が増えている、って何かで読んだ。
やっぱ男は金だよ。高級レストランにご招待、ぐらいの派手な景品を付けないと、美味い魚は釣れない」
「ところが、こっちとしてはぶら下がられたくはない。いや、ぶら下がってもらえる余裕なんてないわけだから、結婚したからと嫁さんに仕事をやめられちゃ、困るわけだ」
明夫が本音を吐き、田崎がうなずいた。
「その通りだ。このご時勢、男の細腕で家族を養って行こう、なんてカッコウを付けられる男って、見渡したっていないさ」
「俺は、旦那の一人ぐらい私が養ってあげる、って言ってくれそうな、しっかり稼ぐ嫁さんが欲しいよ。
自宅勤務にしてもらって、主夫しながらプログラムを書いたっていいさ。そういう嫁募集告知、出してみようかな」
冗談とも本気ともつかない声で明夫がこぼし、皆で爆笑した。
同僚達は帰宅したが、敬一は残っている調べ物をこなしながら、どうにも帰りがたい想いに捉われていた。
スマホでだって自宅でだって記事へのアクセスはチェックできるのだが、今ここで自分の告知記事に背を向けてはいけない、との確信に似た想いがある。
己の「嫁募集中」企画を、早々に見捨てるわけにはいかなかった。
ピンポン!
来た!
ピンポン!ピンポン!・・
なんと、メールが立て続けに着信したのだ。
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