十一

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 天祐が有得の身体を支え、辰星は素早く自分たちが横になっていた布団を畳んで有得の背後に積んだ。 「これでどうですか?」  有得の背中の矢傷に当たらないよう、辰星はそっとその身体をもたせかけた。さらに、傍に脇息(きょうそく)が置いてあることに気付き、有得が肘を支えられるよう位置を整えた。 「ああ、ありがとうございます。丁度いい具合です」  天祐も安心したように有得から手を放し、そしてふと声を上げた。 「姫は?」  辰星が応える前に、襖(ふすま)の向こうから伽絽(かろ)が応えた。 「起きている」  その声に天祐は立ち上がり、何の躊躇(ためら)いもなく襖を開けた。 「えぇー姫、まさかもう仕事してんのかよ?」  天祐の呆れたような声と一緒に、隣室から墨の匂いが漂ってきた。どうやら伽絽はすでに墨を摺り、星図を描いていたようだ。実際、辰星も思わず首を伸ばして隣室を覗き込んで見ると、すでに黒衣に着替えた伽絽が布団を部屋の隅に押しやり、畳の上に何枚もの星図を広げていた。  顔を上げた伽絽が、平然と言う。 「顔を洗いたい。手水をくれぬか?」 「あ、うん、わかった、すぐ持ってくる」  いっそう呆れたように天祐は頭を掻きながら応えた。  それから天祐は、本当に自分で手水を汲んできた。座敷を出てしばらくして、水を入れた手桶を両手にぶら下げて戻ってきたのだ。天祐は手桶を縁側に置いて障子を開ける。次に伽絽がいる部屋とは反対隣の部屋へ入っていったかと思うと、今度は手拭いを何本か持って戻ってきた。 「姫、これ使ってくれ」  伽絽はうなずいて手拭いを受け取ると、縁側に出て顔を洗い始めた。天祐も横に並んで同じように顔を洗い始める。  なんだかもう呆気にとられたまま座り込んでいる辰星に、有得が笑いながら言った。 「うちは本当に人手が足りませんでね。天祐さまもたいがいのことは自分でされます」  それでもやっぱり辰星は呆気にとられている。  いや、だって、天祐さまは王弟で将軍で……地方の役所に飛ばされているような官僚ですら、自分が使う手拭いも従者に絞らせていたのに。
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