三十九

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 それはもう長い間、〈秘薬〉を毎月服さなければ〈秘薬〉に慣らされた姫の身体が持ちこたえられなくなり、すぐさま命を落とすのだろうと解釈されてきた。何しろ、三つの条件全てをそろえている者であってすら、最初の服用の際に命を落とす場合もあるという劇薬なのだから。  伽絽自身も当初、使用頻度を減らしていくことにはかなり躊躇(ためら)いがあったと言う。けれどひとたびそれを越えてしまうと、どんどんその間隔を広げていってしまったらしい。  冥利の館に残されていた〈秘薬〉に関する記述は……むしろ余りにも長命過ぎ、さらには不老になってしまうことこそが悲劇であると……恐らくこの北の大陸に渡ってくる前の姫たちが考えてのことだったのだろう。  そして伽絽は、辰星だけには正直に打ち明けた。  すでに自分の最期を覚悟していたというのに、目の前に辰星が現れたことで……欲を覚えてしまったのだ、と。あのとき、辰星がトゥバンに旅立った後、伽絽はさんざん迷った挙句、〈秘薬〉をほんのわずか、服してみたのだと。それは勿論、辰星が帰国するまではなんとしても存えたかったからだ、と……その結果、伽絽の背が伸びていたのだった。  それでも伽絽はひどく恐れていた。  余りにも長く服していなかった〈秘薬〉を再び服することで……自分が一気に老いさらばえてしまうのではないか、と。そのため、伽絽はいま辰星と相談しながら、少しずつ、しかも慎重に間隔を見計らいながら、あの残り少ない〈秘薬〉を服している。  それが、いくらかの延命になるのかどうか……いずれにせよ、破滅と再生の星が最も強く作用しているこの三、四年の間に自分の命が消えるのは確実だと、伽絽は言う。ただ……天の星にとって地上の数年など本当に誤差の範囲なのだろうが……人の世においての〈数年〉は大きい。  だから、伽絽はそれに賭けたのだ。  伽絽の最後の、そしてたったひとつの〈望み〉を叶えるために。
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