第十夜 軋んだ心

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「ギルバード様、来てくださったのですね……!  怖かったですわ、ティルアと入浴していたら、突然賊が入り込んで――」 「黙れ」  背から割り込み、張り付こうとする女をギルバードは力任せに振りほどいた。  近付く度にギルバードの中で推測できうる最悪の想定を否定する材料が消えていく。 「おか……さま、ごめんなさい……。 ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい」 「ティルア、ティルア!  ティルア、お願いだから、お願いだから俺を見て。  ティルア、ティルア……」  ギルバードはレンの背を前に足を止めた。  煮え繰り返る怒りでどうにかなりそうだった。 「……何があった。  おれが納得できる形で説明しろ」 「っ……ギルバード…!  俺がティルアを……、ティルアを……駄目だったのに、絶対触れてはいけなかったのに。  こいつのこと近くでずっと見てきたのに、血反吐吐きながらも立ち直っていくさまをずっとずっと見守ってきたのに。  ――俺が、壊したんだ……うわぁああああああああっ!」  大理石にうなだれ、何度も何度も拳を打ち付けるレンに声を掛けるよりも、ギルバードは隣に座り込む者に心を呑まれた。 「お母様……女で生まれてきてごめんなさい。  ティルアは悪い子です…、ティルアはまた女になりました……、お母様……、ごめんなさいごめんなさい」  白い肌に浮き上がる首元のキスマークが嘲笑っているような気がした。  投げ出された白い肌に残された欲の残り香がギルバードの鼻についた。  くすんだ色の紅玉がふたつ。  何も映していないかのように、何も聴こえていないかのように、ただ無表情のまま、許しを乞う言葉だけが口からついて出ていく。  隣にアザゼルが立つも言葉すら発することも出来ず、ただ茫然と立ち尽くすだけだった。  レンが悪いわけではないことを理解しているからこそ、掴み掛かることはしない。  レンの内面を知る者が姿を見れば、悪はここにないことを理解するであろう。  入り口から幾つもの足音が物々しく現れ、兵らが駆け込んでくる。 「女湯に賊が……!  ティルアは、ティルアはわたくしを庇って――」  湯浴み嬢に呼びに行かせていたのだろう。  ナフアの白々しい台詞も、言い逃れ出来ない状況下では誰もがナフアの弁を鵜呑みにすることだろう。  ギルバードはこの状況下では何も出来ないと判断する他なかった。
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