第十一夜 ギルバードの過去

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 豪華な食卓。  美しく着飾った貴婦人が子供達を並んで座らせ、和やかな団欒の時間が訪れる。  天然木のテーブルに並ぶオードブルが配膳嬢の手によって取り分けられ、それぞれの席の前へと次々に用意されていくさまを眺めながら、和気藹々(わきあいあい)とした雰囲気が流れていた。  やがて取り分の皿が席より一つ多く出される。  婦人は急に不機嫌な顔つきになり、必要のなくなった皿をテーブルから取り上げた。  婦人の視線は部屋の隅にて正座をさせられる灰髪の少年へと向けられる。  べちゃっ、と料理が床に落下した。  婦人は薄目を開いた無表情でこう言った。 「ギルバード、お前の分よ。  有り難くお食べなさい」 「お母様、これ食べていいの?」 「ふふふ、あははははは、ええ、いいわよ。  お食べなさいな、あははははは!」  ギルバードは床に突っ伏して手掴みで食事を貪った。  ぐちゃぐちゃと音を立てようが、服が汚れようが何一つ気にも留めずに。  椅子に腰掛けながら優雅にシルバーフォークの音を立てる兄弟達に侮蔑の眼を投げられながらも、泣きながら貪った。  そしてこう言った。 「お母様、おいしい。  食べさせてくれてありがとう!」  極限状態が続けば、精神をやられる。  どん底のどん底に追いやられた生活を余儀なくされた幼い頃のギルバードは、母親からほんの少し与えられた歪んだ愛情が全てだった。  薄汚れた衣服を与えられ、セルエリア王家の者が等しく受ける習い事などの教育を受けている間は部屋に閉じ込められた。  母親が部屋を空けている間は母親に倣うようにして、妹弟らがギルバードを貶める。  定期的に催される父王と全ての血の者が集う昼餐の場では、礼儀も分からずにすぐさま食事へと手を伸ばし、追い出されたこともあった。    誰からも蔑まれ、誰からの救いの手もなく過ごした少年時代からの地獄は、ギルバードの母親が不慮の死で亡くなるまで続いた。  * * * *  反響する足音。  光の届くことのない地下の早朝は、床に漂う寒気の靄が時の訪れを知らせる。  黴の臭いや古臭い鉄の臭いが鼻腔からじめじめとした露と共に入り込んでくる。  経年による劣化と、凄惨な歴史を思わせる数々の血痕が目立つ石畳の床。  幾つもの種の拷問室を横に抜けていくと、やがて鉄扉で遮蔽された独房が姿を見せた。
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