第十夜 軋んだ心

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「ふん……おれもやけが回ったものだ」  ティルアを見送った後、ギルバードはどっかりとベッドの端に腰を下ろした。 「――ん、なんだこれは……」  バネが入っているはずのベッドに反発力はなく、代わりに固い板の感触が座面から伝わる。  ギルバードがシーツを捲るとやはりそこには何の変哲もない一枚板がベッドサイズいっぱいに広がっていた。  ベッドのサイドボード上には銀の洗面器とセルエリアからの塗り薬と、そして写真立てが置かれていた。 「写真か」  写真には絹のような栗色の長い髪を靡かせ、薄い桃色のシフォンドレスに身を包んだ女性の姿が写されていた。  真紅の薔薇を思わせる二つの瞳といい、ティルアと瓜二つの女性だった。  ギルバードにはそのドレスに見覚えがあった。  三年前の舞踏会。  セルエリアと政治的に親交の深い国が主催する催しに、セルエリアの者らが出席しないわけにはいかなかった。  会場には貴婦人らが権力のある王公貴族らにわらわらと群がる。  兄弟ら含む紳士達の内、見目麗しい者は女性が寄り付き、そうでない者は逆に女性の姿を追う。  滑稽な姿だと鼻で一笑しながらギルバードは舞踏会場から離れ、隣のブッフェスペースにて一人、餐(さん)を口に含んでいた。  パーティー自体はまだ始まったばかり、オーケストラの仕上がりも重畳といったところだろう。  そんなギルバードの前に異様な光景が飛び込んできた。 「ごめんなさい、私はどなたとも親しくさせていただくつもりはありませんから」  鈴を転がすような可憐な声とでもいうのか。  きっぱりと言い放ち、逃げるようにして駆けてくる少女がギルバードの視界を通過した。  慌てた様子でドレスの裾をつまむしぐさもどこか不馴れだった。 その少女は窓の内鍵を素早く開けると、バルコニーへと飛び出していった。  変な女もいたものだとギルバードがふっと薄笑いを浮かべたところで、彼は信じられないものを見た。 「この部屋に向かったはずなのだが――」  見る者を一目で魅了してしまう眩しい金の髪、深い蒼色のインディゴブルーは現王と瓜二つの形質を受け継ぐ正統なセルエリアの第一王子の証。  ギルバードはアスティスが先程の少女を追ってきたのだとすぐに理解した。
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