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アスティスはぎちっと拳を握り締めた。
震えている訳ではない、自らに喝を入れるためのものだった。
「それならば王妃、俺が証言に立たせて貰おう」
「――――――!?」
王も王妃も、姫らも、傍聴席に座るカルピナも、みながアスティスに注目した。
「失礼ですが、アスティス殿はこの件に関与されていないのでは?」
判事が咳払いの後、傍聴席に立ち上がったアスティスに声を掛ける。
「いや、俺はマール姫がティルアに拷問をしたという言質(げんち)をマール姫本人に確認している。
それでも疑われると申されるのであれば……そうだな、あの時のティルア王子の怪我からすれば拷問室の床に血痕が残されている可能性が高い。
調べてみればすぐにも――」
「ア、アスティス様!
わ、わわ、わたくしは、ティルアにあなた様を取られるのではないかと……ふ、不安で」
「わたくしもお、同じですわ。
あなた様はわたくし達など見ていない――いつもあなた様の心はティルアのことばかり……!
ですから、わたくしはっ――!」
アスティスの言葉に姫二人は決壊し、縋るようにアスティスのいる傍聴席へと駆け寄った。
「マール、ナフア!
まあ、なんてこと……!!
あのまま黙ってやり過ごせばそれで済んでいたものを――――」
王妃がヒステリックに叫んだことで、事実上、ギルバードとアザゼルの証言が真実であることを認めることとなった。
判事は人を呼び、すぐにも事実確認のためにと拷問室に向かうように指示を出した。
マールとナフアの啜り泣きが聞こえてくる。
こうなるだろうことはアスティスには分かっていた。
黙って頭を下げるアスティスに、イアン王は苦悩に満ちた顔を覗かせた。
「……まさか私の目が届かない所でこのようなことが起こっていたとは……!」
歪んだ表情を覆い、溜め息を発したイアン王の視線は傍聴席に座るティルアへと向けられる。
「……ティルア、ティルアや。
済まない、すまなかった……お前の置かれている状況に私は気付くことすら出来なかった。
許してくれ、ティルア……」
イアン王の謝罪にも、ティルアは反応することはなかった。
ただただ深い闇の中を漂う槎(いかだ)のように、ティルアの緋色の瞳は波間をゆらゆらと浮かぶだけだった。
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