第十一夜 ギルバードの過去

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 ギルバードはティルアの首筋に手を伸ばす。 「い、いや、嫌っ……!!」  ギルバードは振り払おうとするティルアの手首を押さえ付けた。 「……や、こわい、やめて、お願い……やめて……!」 「……ティルア、女でいることはそんなに嫌か?」 「っ……やっ、や、離して……お母様、ごめんなさ――」  ギルバードは尚も逃げようとするティルアの上体を握った両手首ごとシーツに押し付けた。 「……お前は……っ!  いつまで過去を引きずっている!?  姫王宮を救うために男に産まれなくてはならなかった――だが、実際は女として生を受けた!  お前は努力し続け、並みの男にでも出来ないような精神をもって民を慈しみ、国を育ててきた……そうだろう?  男でなくとも、お前はやってきた、やってこれた――違うか!?」 「……………っ!!」 「ならば、なぜそれを誇ろうとしないんだ!  女で産まれても、お前は立派な王族なのだと、胸を張って母親に誇るべきなのではないのか!?」 「…………」 「…………おれの母親は最期の最期まで、おれを見ていなかった。  一言でもいい……愛してると、そう言って貰えていたならば――……」  ティルアの手首を握るギルバードの手は震えていた。  あたたかいものがシーツにぽたりと染みを作っていく。  闇色の瞳はゆらゆらと揺らめきながら、透明なしずくを滴らせる。  ギルバードはティルアの赤い瞳をじっと覗き込み、ふっと笑った。  掴んでいた手首を解放したギルバードは上半身をティルアからのっそりと退かせると、何事もなかったように簡易椅子から離れる。 「…………少なくとも、今のおれはお前が女でよかったと思っている」  ティルアに背を向けたギルバードはそう言い残し、ドアを抜けた。 「ふん、母親に誇れるように……か。  おれは、今からがスタートなんだ。  お前はおれよりも、ずっとずっと先に進んでいる。  お前を見て、おれはあの女が憎かったのではなく、愛されたかったのだと――そう気付けたからな……」  ドア越しに、ティルアには聞き取れない程の声を呟いたギルバードは口許を緩ませた。  それは誰にも見せたことのない、眩しい笑顔だった。 (第十一夜/おわり)
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