第十二夜 アスティスの帰国

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「ねえ、あの方はどなた?」 「ああ、あれはね、セルエリア国の第三王子ギルバードだ」 「ふぅん、あれがセルエリアの……。  大きな国ですものね、参加していない筈がないわよね」  鈴を転がしたような笑いを浮かべたティルアは隣に座る紳士の顔を見上げた。 「ふう、これで一通りになるのかしら。  ありがとう、……えと、王子様」 「ああ、どういたしまして」   インディゴブルーの瞳にかかる金の髪がさらりと揺れる。  入り口でティルアに声を掛けてきた者達とは明らかに何か違っていた。  貫禄というものなのか、風格というものなのか、目では追えない何かが。 「ねえ、やっぱり気になるわ。  そろそろ教えて、あなたの――――」  柔らかい感触が唇にふわりと伝わった。  この感触をティルアは知っている。 「――――ん……」  すぐに離れようとする唇にティルアは甘い吐息を吐き出しながら、追うようにゆっくりと可愛らしい赤い熱を返した。  引いたはずの唇から熱が返される。  艶かしい水音を立てて、何度も何度も。  心地よさにティルアの腕が伸びる。  向かいの相手のさらさらと柔らかい髪が手に触れる。 「ふっ、……ん、……」  身体の熱さを感じながら、ティルアは唇を離した後も腕を離さなかった。  心地いい匂いに顔を埋(うず)めていると、安心した。  低下している意識の中でもティルアは彼の手が自分の髪を梳き撫でていることが分かった。 「…………そばに……いて」  離れようとしていることが分かった。  だから引き留めなければと腕の力を強くする。 「……もう俺は君の傍にいる資格は――ない」  分かっている、分かっていた。  薄々感付いていた。  思い出す度に怖くなって、否定して。  そう思うことでティルアは普通でいられた。  ティルアはゆっくりと腕の力をほどく。  隣の簡易椅子には上体をベッドに凭れて静かに寝息を立てるアスティスの姿があった。  闇の中、寝静まった部屋にはティルアとアスティスの他は誰もいない。  起こさないようにと上体を起こしたティルアの瞳から涙がはらりはらりと溢れてきた。 「…………気付きたくなかった……!」  瞳には憎しみの泉がこんこんと湧き出でてくる。  ベッドの上掛けに沈み、寝息を立てるアスティスの首元にそっと白い腕を絡ませた。
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