第十夜 軋んだ心

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 ウロウロと周囲を見回すアスティスの視線が半開きされた窓に注視される。  そこから先のアスティスは滑稽なものだった。  幻想的な月明かりの下で少女と戯れるアスティスの表情はこれまで見たこともないものであった。  そこまでで十二分に驚いたギルバードだったが、二人の逢瀬はそこで終わらなかった。  窓から舞い戻った少女の後ろをぼーっと顔を赤くしたアスティスが追う。  ギルバードは目を疑い、手にしていたシルバーフォークをポロッと落とした。  さらにはアスティスは少女の手を引いて離れに向かう。  愛おしそうに頬を緩め、顔の端を赤く染めるアスティスの顔を彼を昔から知る者が見れば、百人中百人が足を止め、信じられない光景に目を見張ることだろう。  そんな物珍しい光景の記憶の欠片としてギルバードの中に残っていたものは、けばけばしい装飾もない、極めてシンプルなピンク色のシフォンドレス。 「そういえば……あの時の少女と今日のティルアはよく似ていた気がする……」  もし仮にティルアであると断定すれば、その後の経過も頷ける。  その後ティルアは恐らく、どの舞踏会にも参加することはしなかった。  ティルアは王子だと周辺諸国が認識していることから、もしかしたらあの舞踏会が一度きりだったのかもしれないとギルバードは推測する。 「……なるほどな、アスティスが父上から出された結婚相手を突っぱね、半ば強引に漫遊に出掛けた理由はそれか。  アスティスは元々ティルアを探していた。  だが予想に反してティルアが王子として現れたことでうまく近付けずにいる――か」  ギルバードは写真を元に戻した。  口許から漏れる嗤いは決して清々しいものではない。  押し込められていた憎しみがじわじわとギルバードの胸中を冒していく。  第三王子ギルバードはアスティスと同じ日に誕生した。  ギルバードの母親が産気付いたとの報を受けた第一婦人が自らの腹を切り裂き、無理矢理分娩手術をさせたからだった。  結果、アスティスが第二王子となり、ギルバードは第三王子に位が後退する結果となった。  セルエリアの第一王子は誕生すぐに、母親である婦人が国王に毒を盛ったとして投獄、その後処刑され、息子である第一王子は異例にも市井(しせい)の孤児院に預けられたという。  ギルバードが調べた限りでは、それはアスティスの母親、第一婦人の策略だった。
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