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「……なぜ、止めなかったんです?」
「は? なんの話だ?」
アザゼルは薄茶の髪をだらりとしだらせ、肩をわなわなと震わせている。
いつもの穏和さが全く失われているアザゼルの様子にギルバードは胸をざわつかせた。
「…………ティルア様は、ご家族から虐待を受けておられます。
義母からは女性のお胸を切り裂かれ、姉妹である姉のマール姫からはつい最近、拘束されて背を鞭でなぶられました。
お父上であるイアン王は、その事実を知りません。
ティルア様はずっとお一人で――」
「―――っ、何だと……!?」
喉の奥から絞り出すように出されたアザゼルの言葉に、ギルバードは驚愕した。
ギルバードの視線はすぐにも窓の外に灯りを灯す湯浴み場へと投げられる。
「アザゼル、おれは今から湯浴み場へ向かう。
ティルアを助けに行く」
「――お供します、ギルバード様。
私一人ではあの場に乗り込めるだけの身分も大義名分もありませんから」
「……ふん、お前が来てどうにかなるわけではない。
だが、お前の情報がなければ気付くことも出来なかったからな、――来い!
だが、アスティスには言わずともよい。
王子(身分)はおれだけで事足りる。
……二人は要らん!」
ギルバードとアザゼルはドアを開け放ち、なるべく音を立てずに廊下を突き進んだ。
* * * *
「……っ!」
熱に浮かされたティルアの上にレンの身体が覆い被さる。
レンの唇がティルアの額に、頬に、唇に、首筋にそっと触れる。
身体をびくりと跳ね上げさせたティルアは握った拳を唇に充てて声を殺した。
ナフアが離れた場所で顔をニタつかせながらそれを眺めている。
ティルアの上にのしかかるレンの緑がかった蒼い瞳が心配そうにティルアの緋色の瞳を見下ろしてくる。
「……だい、じょ、ぶ。
レン……すまない……こんな、ことを……させて」
レンのやりきれなさと優しさがひしひしとティルアに伝わってくる。
それとは相反し、身体の震えは一向に治まらない。
「……ティルア、……俺は、成り行き上の命令でお前を抱くんじゃない。
お前を――ティルアを愛しているから……抱く」
「…レン……」
レンの辛そうにひそめられる眉と相反する頬の端に差し込んだ赤みに、ティルアの瞳から涙が一粒零れた。
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