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浴場に上がり込んできた者は、先程ナフアの世話をしていた湯浴み嬢だった。
「ナ、ナフア様……すぐにこの場からお逃げください」
「どういうことですの?」
「ギルバード様が物凄い剣幕で、ティルア様を出せと。
すぐ隣にはアスティス様の護衛の方もいらっしゃいました。
この一件がアスティス様のお耳に入るようなことにでもなれば――」
絶望に顔を青ざめさせる使用人をたしなめるようにナフアはゾッとするような笑いを浮かべた。
「あら、それは丁度いいわ。
お二人をここへお通しなさいな」
「!?
それではナフア様が――」
「あらあら、何を慌てているのかしら。
わたくしが何か手を下しまして?
ティルアに手を出したのはあの男……そうでしょう?」
「……承知いたしました」
さらりと言ってのけるナフアに、湯浴み嬢は心の底から震えた。
湯浴み嬢は何よりもナフアが恐ろしかった。
青い顔で恭しく頭を垂れるや否やすぐにも踵を返し、二人を待たせている女湯前へと向かった。
* * * *
「ナフア様がお二人に奥へいらっしゃるようにと……」
湯浴み嬢は血色の悪い顔をビクビクと怯えさせながらギルバードの機嫌をちらりと覗き見してくる。
「……本当に入ってもいいのか?
入った途端に罠が仕掛けられているとか、そういったものはないだろうな?」
「……は、はい、そういったことは決して」
「ふん、どうだか」
ギルバードはあくまで横柄な態度でそう発し、本来入れるはずのなかった女湯へと足を踏み入れる。
その後ろをアザゼルが冷や汗一つ垂らしてついていく。
脱衣所を経て、水流音が届く露天へと進んでいき、衝立を越えたところで。
ギルバードは足を止めた。
止めずにはいられなかった。
視界の奥に、敷き詰められた露天の大理石に座り込む見知った者の姿が見えた。
硬めの髪をつんと立たせた燃えるような赤い髪は、闇夜に揺らめく燭台の朧気な灯りの下でもはっきりと目にすることができた。
露天の入り口を背にした彼の表情はギルバード達から窺うことはできない。
だが、あぐらを掻いている彼の膝上にティルアがいることはすぐにも分かった。
ほっそりとした白い脚が彼の背から隠れきれずに伸びていた。
中央に設えらえた香台からこんこんと絶えず漂う香りに紛れるものをギルバードは悟る。
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