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彼らが抱いているのは、眠る赤子。
彼らが立っているのは、切り立った崖の上。
ごうごうと吹き抜ける風、髪を巻き上げ揺らす。
目を覚ます様子のない幼子に視線を向けることもなく彼らは、放り投げた。
綺麗に弧を描き崖の下へと落ちていく柔かい布に包まれた物体、子供。
何かに叩きつけられる音もせず、何の音もなく。
思わず崖下を覗き込んだ彼らが見たモノは、今しがた投げ落としたソレを抱える1人の女。
ただしその手足はヒトのソレではなく。
いつぞやからか警笛を鳴らされていた、魔の王と呼ばれる者とひどく酷似していて。
彼らが理解するのと、女が片腕を上げるのは同時。
「ひぃ、」
低く響いた悲鳴が、彼らの最後の音となった。
断末魔を背後に、彼女は腕の中のソレを見た。
幼子の紅い瞳が己を映す。
けれど、泣きだすこともなくふにゃりと笑った幼子は、彼女に向けて手を伸ばす。
紅葉にも似た手に恐る恐る己の指を触れさせてみれば、一層柔かく笑う。
きゃいきゃい笑う子供に半ばつられるようにして口角を上げかけ首を振る。
「……」
落ちてきたから、受け止めてしまった。
このままここに置いていけば、時も待たずに命を失くすだろう。
そうだ、そうしよう、それが正解だ。
ふと気が付けば両の手で指を掴まえ、歯のない口ではむはむ食む姿。
それはそれは不思議そうに己を見上げる瞳を見て。
「……食べないでくださいまし」
ずれた言葉をぽつりと吐くと、彼女はゆるく空を仰いだ。
脱力、どうすればいいのか、理解が思考が追い付かない。
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