【序章】魔王

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いつ、始まったのか。 なぜ、始まったのか。 誰も知らないし、知ろうとしない。 人と魔の戦争。 森を壊せばエルフ、野を焼けば獣、川を穢せば巨人の慟哭がこだました。 ーー憎悪、怨恨、悲哀。 大陸に根を張ったそれらの種は、やがて世界を二分した。 人の側と魔の側。 いつからか"果ての渓谷"と呼ばれる、落ちれば龍すら這い上がれない深い谷を境に、東に人間、西に魔族が構えるようになっていた。 越えれば殺され、越えてくれば殺す。 互いに決め手を欠く戦線は、停滞しつつあった。そんなある時、両陣営に転機が訪れる。 人の側では、異種族の交配で特殊な力を持った子供が何人も産まれた。 魔の側では、王の力を持つ者ーー魔王が現れた。 新たな力をいかにして活用するか。 それはその"性質"によって、大きな違いが出た。 人の側は、代を重ねれば重ねるほど強い子が産まれ、数も多いために最前線で活用した。 魔の側は、王の力を持つ者の出現には限りがあり、かつその力の習得には多大な時間を要するため、"切り札"として大陸の最奥へ仕舞い込んだ。 そして時は流れ、魔の側はとうとう果ての渓谷を完全に破られ、王の住まう最奥まで追い詰められる。 しかし、成熟していない王では、人の軍を退けるので手一杯であった。 力を増していく人の側に、魔王は一人、二人と殺されていった。 その度に、大陸の最奥にある城の柱には紋章が刻まれていった。 やがて七人目の魔王が数千万の敵軍を道ずれに、その命を絶った。 魔の陣営には大きな絶望だけが残り、七本目の柱に紋章の刻まれる瞬間を傷ついた兵士たちが見守る中、異変は起こる。 七本の柱が共鳴し、中央に漆黒の魔法陣が浮かび上がったのだ。 漆黒の魔法陣ーー王の力を持つ者の誕生を示すそれは、誰もが予期していない事態だった。 王の力は七つしかなく、王が死ねば、その力は世界へ還されるからだ。 そして、更なる異変が起こる。 選ばれた者に与えられるはずの王の力は、"命"を作り出した。 血のように赤い魔力と、闇のように黒い魔力。その二つに包まれた赤子は、魔法陣の中央で産声を上げた。 覇の名を持つ一匹の龍が、恐る恐る赤子を抱いた。 その赤子は額の右側にだけ赤黒い角を生やし、パッチリと開かれた瞳に色はなかったという。 この後、残った魔の軍は海を渡り、歴史から姿を消した。
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