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「落としたよ。手帳」
俺がそう言うと、背の高い男が振り向いた。
「これ、アンタのだろ?」
「ああ、ありがとう」
男は手帳を受け取ると、じっと俺を見つめる。
「…何?顔に何かついてる?」
「いや、珍しいと思って…」
男の細い目が、俺から野次馬の群れに視線を移す。
『逃亡中の潜在犯の居場所が分かった』
知らせを聞いた俺達は、潜在犯が潜んでいる廃棄区画で待ち伏せしていた。
しかし、どっかの馬鹿が情報を漏らしたのか、潜在犯を一目見ようと廃棄区画に野次馬が集まっていた。
野次馬のせいで興奮した潜在犯が何仕出かすか分からない…一先ず俺達は待機命令が出た。
そしてこの男は、待機していた俺の前で手帳を落としたのだ。
幸い野次馬のお陰でドミネーターは隠れている。しかも目の前の男は野次馬を見ているのでドミネーターに気づいていない。
「野次馬が珍しい?」
「珍しいのは君だよ。
あんなに人が群がってるのに、君は興味ないのか?」
「人が殺されるとこ見て何が楽しいんだ?
生憎、人が殺されるとこは飽きる程見たし」
「同じだよ。奇遇だね」
男はクスッと笑う。
「人間は、他人の不幸が好きなんだ」
「他人の不幸?」
男の突然の言葉が理解出来なかった。それでも男は続ける。
「人って生き物は、自分が不幸なのは嫌いなくせに、他人が不幸なら楽しむんだ。
相手がどんなに傷ついても苦しんでも、それを笑っているんだ。
挙げ句苦しむ人の上で生活するのが当たり前になって、それを幸せと呼ぶんだよ」
男の細い目は僅か開いたが、その目に光はなかった。
ガヤガヤ騒がしい野次馬の群れの中、男は静かに、そして笑う。
「こんな世界、消えればいい」
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