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彼の気配に全く気付いてもいなかった。
「…稲森…どうした?」
私の顔を覗き込む市原さんに、私は噤(ツグ)んだ唇を少し開いて見せたけど、答えることが出来なかった。
私はただ、小さく首を横に振る。
「…どうしたんだよ?」
私の両腕は鳥肌で覆いつくされ、まるで痺(シビ)れているみたいだった。
その腕を市原さんが握った。
「…何でも…ないんです。お昼…先に行ってください。私、お手洗い…」
私はスマホを手にフロアを横切り、階段を上がった。
その間にも心の中では何度も何度も祐介の名前を呼んでいた。
震えは…
足にまで来ていた。
何度かつまずきそうになりながら、作業フロアの上のミーティングルームに駆け込んだ。
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