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向かった先。それはさっき食事した食堂だ。噂には聞いていたきれいな店員。その彼女に少年は一目惚れしていた。だから、どうしてももう一度彼女に会いたくなり、あわよくば少しでも会話が出来ればと店に戻ることにしたのだ。
ただ、それを行動に移すのには勇気が必要だった。だからこそ、海を眺めて心を静め考えをまとめようとしていたのだ。
カラン。と扉につけられたベルが音を立てた。
「いらっしゃいませー」
そう彼女が言った後、すぐにさっき来た少年だと気がつき聞いた。
「あれ、どうしたの?忘れ物?」
「あ、いや、その・・・」
すでに想定外だった。彼女が自分のことを覚えているなどとは思っていなかったのだ。はじめて来たフリをしてコーヒーでも飲もうと思っていた考えは木っ端みじんとなり、同時にその考えで埋め尽くされていた頭の中は空っぽになった。
「何、忘れたの?携帯?」
「・・・」
彼女は完全に忘れ物だと決めつけている。どう切り返すのが適当なのだろうか。ただ、ただ顔が真っ赤に染まるばかりだ。
「え、何、どうしたの?」
あまりにも一気に真っ赤になったものだから、彼女は泣き出すのではないかと気にかけた。
そうしている間も少年は必死だ。
どうする?どうする?どうする?
繰り返す同じ言葉。でも、誰も答えてはくれない。そして無意識に出てきた言葉。
「あ、はい。携帯なかったですか?」
「携帯って、どんなの?」
「えっと、黒くて液晶が大きいスマホです」
「ストラップとかは?」
彼女がこうやって聞いてくるスマホは、制服のポケットに入っている。心臓が激しく鳴り、それが大きな筐体に伝わり、まるでバイブレーションしているかのようだから、確実にポケットに入っているとわかる。
「つ、ついてないです」
「そうなんだ。でも、ごめん。そんな携帯は忘れ物になかったよ」
「そうですか・・・」
少年が答えた時、制服に入っていたスマホが音を立てた。
「あ・・・」
「あれ、この音って」
「あーーー、ポケットに入ってましたーーー。なんで、気づかなかったんだろ?」
実にわざとらしく、もっとも意図的にわざとらしくしたのではなく、ごまかそうとした結果、そうなってしまったのだが、とにかく必死に取り繕った。
すると、彼女は少年に近づき、丸刈りの頭を撫でてくれた。
「良かったね」
「は、はいっ!」
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