ゴーストライター

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「ごめんなさい、もう協力は出来ない」 彼女から唐突に放たれた言葉は、俺を酷く動揺させた。彼女とは出会って数年が経つ。彼女の作曲能力に驚かされて以来、私の家に住まわせていた。衣食住を保障する代わりに、才能の枯れた俺の代役、つまりゴーストライターの契約を交わしたのだった。 「そんな……。待遇の問題なら、善処しよう。考え直して……くれないか?」 俺は情けない声で、彼女に懇願した。しかし、彼女は頭を横に振る。 「私、妊娠してるの。気付かなかったでしょ?あなた取材や何やらで、最近は私と会えなかったものね。」 彼女は母性が宿ったのか、優しい目で淡々と語った。 「ま、待っ……」 「サヨナラ」 俺の言葉を彼女は短い言葉で遮り、部屋を出ようとする。俺は、もう一度話をする為に掴み掛かろうとするが、身重とは思えない動きで、彼女は難なく私の両腕 から逃れ、出ていってしまった。 それからの俺は酷いものだった。無理やりに作った曲は、酷評の嵐。それを契機に、今迄の作曲に関して疑惑が持ち上がってしまった。マスコミは、こぞって調査を開始し、遂に彼女の存在に辿り着いてしまったのだ。俺は会見を開く羽目になり、マスコミが糾弾と嘲笑する為の質問に答えざるを得なかった。 「今の心境を一言で?」 記者の一人がニヤニヤと笑いながら質問をする。 「……飼い犬に手を咬まれた、ですか」 そう、飼い犬のトイプードルにゴーストライターをさせていた男には、相応しい言葉なのだろう。
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