いちから

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【雨の日】  ある雨の夜のことだ。  いつの間にか飲まれていた牛乳を買いに、近くのコンビニまで行った。その日はしとしとと雨が降っていた。  無事何にも鉢合わせることなく買い物を終えると、傘置き場に子供が座り込んでいた。髪は雨にぬれ、血色の悪い頬に張り付いている。その子は、膝の間に顔をうずめ、店の光の届かない先、仄暗い闇をつと見つめていた。  その子のすぐ前で、客が傘を降って水を切る。そのはずみに飛んだ雨雫が、その子の顔にかかった。その子は身じろきひとつせず、ただある方向だけを見ていた。 「何してるの」  目の前に立って声をかければ、その子は僅かに目を見開いて私を見上げた。その目は一瞬喜びのような色をうつしたが、すぐに落胆の中へと沈む。 「待っているんだ」  その子はまた、先ほどと同じくある方向を見つめる。私はその方向を一瞥すると、ずぶ濡れのその子に視線を戻した。  その子の正面に立って、一つわかった。その子の身体が影になって見えなかったが、その子の左腕は無残に曲がり、どうやら動かすことができないらしい。そこで私は合点がいった。 「どうせ来やしないよ」 「そんなはずない。ついさっきまで一緒にいたんだ」 「知ってる? 君の代わりはいくらでもいるんだよ」  答えは返ってこない。けれど、その視線が、少しだけ地に落ちた。  私は周りを見回した。店の中に人はいるが、私の声が聞こえる範囲には誰もいない。こういうときは、いつもそう。  さてどうすべきかと頭を働かせる。ずぶ濡れの子どもを放置して帰るのはどうにもしのびない。理恵さんには積極的に関わりたくないが、適任はあの人だからこの際仕方ない。 「じゃあ、一緒に来る?」  子どもは真ん丸に目を見開いて私を見上げた。 「君みたいな子を受け入れてくれるかもしれない場所を知ってるんだ。それに、もしかしたらそれ、然るところに行けばなおせるかもしれない」  それ、と指差した先を見て、けれど子どもは視線を落とした。 「でも、お姉さんのソレ、怖い」 「大丈夫、コレはただの痕だから」  何もできやしないんだ。そういうと、子どもは恐る恐る顔を上げる。微笑むと、子どもは少しほっとしたように私を見、けれどちょっと寂しそうにあの方向を一瞥した。 「さあ行こう」  私は壊れた傘を手に取ると、家に向かって歩き出す。
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