第1章 気が付くとそこは幕末でした。

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桜の時期の京都は進むだけでも難儀するような混雑具合だった。 三条に向かう道すがら、はるはそんな人混みに辟易しながらも唐突にそういえば、と話を切り出した。 「ねぇ、なっちゃん、池田屋って何?」 「えぇっ! はる知らないの? 日本史の授業でやらなかった?」 「やったかも知らないけど忘れた」 興味が無ければ授業の知識なんてテストが終わった瞬間綺麗さっぱり忘れるのが普通だろう。 はるも例にもれずそうであった。 奈津子はそんなはるに思わず肩を竦めてしまう。そして何から話そうかと考えを巡らせていたかと思うとやがて口を開いた。 「新選組は知ってる?」 「聞いたことはある」 「新選組は幕末の京都の治安維持組織……現代で言う警察みたいなものかな。ざっくり言うとその新選組と、尊皇攘夷派……天皇を擁して外国を追い払おうとする思想の人たちがぶつかって戦闘になったのが世に言う池田屋事件で、池田屋っていうのはその戦闘が行われた旅館の名前」 奈津子が、歴史に疎くてもわかるように、と慎重に言葉を選んでいるのがはるにもよくわかった。 自然、話を聞く姿勢にも力が入る。 「池田屋事件って言うと新選組が有名だけど私は幕末の尊皇攘夷派が好きでね。尊皇攘夷派の中でも長州藩……今でいう山口県出身の人たちが特に。幕末で長州藩の有名な人だと桂小五郎とか高杉晋作とか伊藤博文とか 。他にも久坂玄瑞とか、吉田稔麿とか、入江九一とか。あげたらキリがないんだけどみんな信念に従って奔走して……そんなふうに時代を必死に生きてた人たちって本当に素敵だと思うんだ。憧れる」 「ふぅん……」 「あ、興味持った!?」 「いや全然」 「えぇ~、せっかく熱く語ったのに」 ぷぅ、と頬を膨らませた奈津子を後目にはるは内心彼女が羨ましくてたまらなかった。 好きだと。憧れると。 そんなふうに自信を持って語れる人物など自分の中にはいない。 必死に生きる、その言葉もまた胸に響く。 自分は果たして必死に生きているのだろうか、と。 ただ与えられた日々を過ぎるがまま見送る……そんな日常を繰り返していたはるにはその問いにはとても肯定などできなかった。 そして親友をそこまで惹きつける人物が一体どんな人たちなのか、気になってもいた。
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