第1章 気が付くとそこは幕末でした。

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役人二人は金魚のように口をパクパクと開閉する。 その動揺たるやつい先刻までの威厳の欠片もない。 「なっ、貴方がかの有名な……!」 「有名かどうかは存じ上げませんが僕が桂小五郎です。もしまだ何か仰りたいのであれば続きはすぐそこの長州藩毛利家京屋敷で……」 「い、いや、もう結構! 我々はこれにて失礼する!」 頭を勢い良く下げて二人はそそくさと元来た道を引き返していく。 はるは小五郎の腕の中にいたことを思い出し、慌てて飛び退いた。 十分に距離を取ると深く礼をする。 「あっ、あのっ、えっと、すみません! 助けていただいてありがとうございます」 「お怪我はありませんか? 女性の髪を引っぱるなど酷いことをする……」 小五郎ははるに寄ると髪に手を伸ばし指を通す。 見ず知らずの男だったが、たった今助けてもらったこともあってか警戒心はなかった。 「あの、なんで私を……?」 「涙を流す女性を助けるのに理由なんているのですか?」 慈しむような眼差しを向け、そっとはるの目尻の涙を掬う小五郎の表情からは邪心など全く窺えない。 はるはこの人に頼れば自分が現在置かれている状況について少しでも掴めるのではと希望を見出す。 「あの……ここはどこですか? 私、この辺りには詳しくなくて友人ともはぐれてしまって……」 「おや、そうなのですか。ここは長州藩毛利家京屋敷前です。あなたは三条の方から走ってきたように思うのですが家はどちらですか? もうすぐ日が暮れますし、送りましょう」 どこまでも優しい小五郎の申し出ではあるが、はるの家など電車で一時間以上かかる場所にある。 駅の場所だけ教えてもらえばと、その旨を告げる。 「阪急河原町駅まで行ければ一人で家まで帰れるんですけど」 「……? 河原町とはこの通りもそうですよ? えき、とはどこでしょうか? 聞いたことのない地名です」 「えっ、駅って電車の止まる駅ですよ? 地名じゃないです」 「無知で申し訳ないのですが、でんしゃ、というのも僕にはよくわかりません」 駅も電車もわからないとは一体どういうことなのか。 はるは次の言葉が出なかった。 心底申し訳なさそうに眉をハの字にした小五郎が嘘をついているなどはるにはとてもじゃないが思えない。
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