書家と篆刻家

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50代、いや、ギリギリ40代か。 筆先を整える一瞬、私はその表情をチラリと盗み見る。 精悍な顔つき、 …とはお世辞にも言えない。 よれよれのシャツの胸元は意味があるのかと問いたいくらいにはだけていて、 至近距離でもないのにこちらまで漂う酒の香りは、間違いなく二日酔いをもの語っている。 「柔らかに遠回りに動かすんだ、穂先を広げて閉じてやる、緩急をつけて」 目の前のその人が発するだけでその語彙はいやらしさが二割も三割も増すような気がする、 とは初対面の分際では言えない。 講座の諸先輩方は70歳を目前にして女性の身体のどこをどう責めると悦ぶか、などとあけすけに熱弁を奮うのだから。 書を嗜む人間は大概、スケベか変わり者じゃないと成り立たないらしい。
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