書家と篆刻家

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コト、と筆を置いて小さくふっと息を吐き出したその人に、私はハッと瞬きを繰り返してその手元を覗き込む。 あっという間に仕上げられたまだ墨の乾かない一枚を、ホレ、と言いながらふわりと私に手渡してきた。 これは…。 ドクンと鼓動が大きく波打つ。 漆黒の墨が所々に留まり艶やかに鈍く光る。 「同じ字の中に同じ線は一つとしてない」 ゴクリと唾を飲み込むその音さえ相手に聞こえてしまいそうな静寂の中、 ドクドクと痛い程に速まる鼓動に私は思わず胸を押さえた。 驚き、 だけじゃない。 何というか、 今まで見たどの文字よりも美しい。
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