第1章・人面、したり顔。

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 別に気を失ったとか、そういう軟(ヤワ)なことではない。  ただ、恐怖はあった。当たり前に。  僕は気付くと、近くのコンビニのトイレにいた。  がむしゃらに逃げ出し、走りこんだのだ。たぶん。  顔を上げると、人間の顔がそこにあった。  僕はビクッとなって、後ろへ、たじろぐ。  …………なんだ。僕か…!  鏡に映ったその顔は目を大きく見開き、浅黒い肌が高揚して赤くなっている。呼吸がはやい。  じわりとにじみ出た汗はシャツをも濡らした。   ゆっくりと頭を下げ、水道の蛇口を見つめる。  蛇口の銀メッキに、細く縦にゆがんだ僕の顔が映った。  ゆっくりとまばたきをした。  目が動く。それで自分が現実に在ることを実感してしまう。 (こんなホラー体験、はじめてだ。)  最初の落ち着いた感想はそんなものだった。  いままで霊感も強くなかったし、心霊スポットも、お化け屋敷ですら、大して行ったことが無い。  ホラー映画や怖い話も、苦手というわけではないが、進んで聞くような性質ではなかった。  府和月は安定を、求める。  自らを不安にすることは、求めない。  怖い体験というものは、記憶に在るだけで人を不安にさせるものだ。 (クソッ……学校なんか来るんじゃなかった。)  今日は、人生で一番記憶に残ってしまう日になるかもしれない。  府和月はしばらくトイレに引きこもった。
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