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別に気を失ったとか、そういう軟(ヤワ)なことではない。
ただ、恐怖はあった。当たり前に。
僕は気付くと、近くのコンビニのトイレにいた。
がむしゃらに逃げ出し、走りこんだのだ。たぶん。
顔を上げると、人間の顔がそこにあった。
僕はビクッとなって、後ろへ、たじろぐ。
…………なんだ。僕か…!
鏡に映ったその顔は目を大きく見開き、浅黒い肌が高揚して赤くなっている。呼吸がはやい。
じわりとにじみ出た汗はシャツをも濡らした。
ゆっくりと頭を下げ、水道の蛇口を見つめる。
蛇口の銀メッキに、細く縦にゆがんだ僕の顔が映った。
ゆっくりとまばたきをした。
目が動く。それで自分が現実に在ることを実感してしまう。
(こんなホラー体験、はじめてだ。)
最初の落ち着いた感想はそんなものだった。
いままで霊感も強くなかったし、心霊スポットも、お化け屋敷ですら、大して行ったことが無い。
ホラー映画や怖い話も、苦手というわけではないが、進んで聞くような性質ではなかった。
府和月は安定を、求める。
自らを不安にすることは、求めない。
怖い体験というものは、記憶に在るだけで人を不安にさせるものだ。
(クソッ……学校なんか来るんじゃなかった。)
今日は、人生で一番記憶に残ってしまう日になるかもしれない。
府和月はしばらくトイレに引きこもった。
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