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片野坂ちはるが姿を現したのは、約束の午前十時を三十分も過ぎた頃だった。
肩に届くか届かないくらいの短めの髪とスカートを激しく揺らしながら、汗だくで向かってきたちはるは、僕の一メートル前方で急ブレーキをかける。
威勢よく片腕を上げると、遅刻したことを全く気にしない様子で、元気な挨拶をする。
「お待たせ、藤瀬響(とうせひびき)君! いやいや、今日もよいお日柄ですなぁ!」
「僕としてはまず、謝罪の言葉を聞きたいわけだが」
「小さいよ、響。男の子だったら、常識的にそこは『俺も今来たところだから気にしないでいいよ』って、事無げに答えるべきでしょ」
ちはるは大きな目をくりくりと動かしながら、まるで反省する気がない言葉を返してきた。
「お前の常識と僕の常識は違うんだよ」
「五歳の頃からの付き合いなんだから、つうかあの仲でしょ? 私達」
「僕はいまだにお前の生態の一割も理解出来ていない」
ちはるの相手をしながら、ちらりと辺りを横目で見る。予想通り、視線がこちらに集中している。
遅刻はいつものことだからまだ許すとして、人目を惹くこいつの外見はどれだけ時間を重ねようとも、慣れることが出来ない。
誰に強制されたわけでもないのに、日曜日朝から学校の制服を着ているそのずれた感覚。
そのうえに何故かいつも携帯している、無数の水筒。
その一本一本に、わざわざ別の飲み物を入れておく几帳面さがあるのなら、是非とも一度でいいから時間通りに集合してほしい。
「今時は水筒女子が流行っているんだよ?」
「お前以外に、そんなものをぶら下げている子は見たことないんだが」
「あ、響用にはちみつレモン作ってきたんだけどさ、飲む?」
「……飲む」
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