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その音が止んだ。いや、正確には気づかなくなった。
カナカナカナ。
カナカナカナ。
カナカナカナ。
むしろ激しさを増して鳴いているにも関わらずだ。
「おばあちゃん、何、この音?」
風呂から出てきた孫娘のまりこが聞いた。けれども、老婆は返事をしない。
「おばあちゃん、寝ちゃったの?」
まりこは聞いた。テレビの音もせず、聞こえてくるのは虫に音だけ。そう思うのもしかたなかった。しかし、実際に居間に行くと老婆は目をパッチリと開いて起きている。
「なんだ、起きているんじゃん。返事くらいしてよ」
「・・・」
返事はない。ただ、不思議そうにまりこを見ていた。
「お、おばあちゃん?」
心配になり駆け寄った。
「おばあちゃん、返事してよ」
まりこは叫んだ。けど、老婆が言うのはこんな言葉。
「あんた、誰だい?」
記憶がない。さっきまで自分と会話していたのに、完全に自分のことを忘れている。
「誰って、まりこだよ。孫のまりこ!わかんないの?」
「まりこ?孫?なんのことか、さっぱりだよ・・・」
まりこは凍りついた。
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