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自分の顔をみて彼女が安堵した――等と考えるのは、いささか図々しいというか何というか。
出会って数週間。古書とアイスコーヒー位しか接点の無い僕と麻衣の間に、込み入った事情を話せる程の深い信頼関係が生まれてるなんて……やはり都合の良い考えだろう。
少しばかり距離を縮められたからと言って、僕はやや浮かれ過ぎなのかもしれない。
「何もないですよ」
麻衣は笑った。
でも、ついさっきの笑顔とは違っていた。普段とも違う。
ふわりと優しく穏やかな微笑みに幼い顔立ちは一瞬大人びたものに見え、その一瞬で僕の心臓はひと時乱れてしまった。
「そうだ、二宮さん。お昼ご飯は?」
「……あ、ああ…。そういえばまだだったな」
指摘され気付くと、胃の辺りに軽さと寂しさを覚える。図書館から真っ直ぐここに来た僕は、途中空腹を満たそうという考えなど全く抜け落ちていた。
――参った。こんな所にまで短所が……。いや、長所というべきか?
「良かったら一緒に食べませんか?店には軽食メニューまだないんですけど、今日は特別。私が奢っちゃいます!」
「え?いいの?」
「勿論。準備しますから座っててくださいね」
いつも座る席とは違う場所を指定して。麻衣は店の奥に消えて行く。
彼女の顔には、すっかりいつもの笑顔が戻っていた。
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