2217人が本棚に入れています
本棚に追加
Tシャツの踏み込みは早い。左のジャブを放ち、イェンロンは避けた。下に潜り込み、右拳で思いっきりアッパーを繰り出す。
──『バシンッ』
イェンロンは片手でパンチを受け止め、そしてギリギリと握りつぶす。白Tシャツの男は頭突きを繰り出そうとした。
──瞬間
イェンロンは寸前の所で頭突きをかまし、そして男の足を思いっきり踏みつける。
意外な攻撃に、男は間合いを話すこと無くお互いの距離は──『一寸』
イェンロンの後背筋はまるで生き物のようにうごめき、隆起した。
そしてゆっくりと息を吐きながら、男のみぞおちに。
──寸打(ワンインチパンチ)
気を込めた一撃はとてもゆっくりだ。
──『ドンッ』
しかし、鉄球でもぶつかったかのように白Tシャツの男は吹き飛んだ。うめき声をあげて倒れ、そのまま意識を失う。
「……イマドコデスカ」
電話をかけながらイェンロンは裏路地を再び歩く。
大通りに停まっていたタクシーを呼び止め、行き先を告げた。
「九龍城砦跡地(クーロンじょうさい)」
運転手はしかめっ面を浮かべながら後ろを振り向き、イェンロンに話しかけた。
「什麼都沒有」
イェンロンは構わぬ様子で、もう一度同じ事を呟く。
「九龍城砦跡地」
運転手は怒鳴ろうとしたが、投げつけられた札束を見て嬉々として運転し始めた。
最初のコメントを投稿しよう!