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「そちらのお兄さんは、まだいけないみたいだね。」 嗄れた声で、僕の方を見据えながら言う。その意図を考える間も無く、その老人は杖をつき立ち上がっていってしまった。 ズボンの裾を引きずるようにして、不規則な足音を鳴らしながら去って行く。片脚で歩くのは容易ではないだろう。決して早くはない。それでも、力強い足取りで歩を進めている。 妙に自分が恥ずかしく思えて、すぐに目を逸らしてしまった。 隣で堀井は老人の言った月を見上げていた。 頭上にある月は、この暗闇の世界を照らしている。ごく弱い、蛍火のように優しい光で船を包んでいるのだ。 「月に、行けるんだね。」 「行こうと思えばな。俺は行きたくはないけどな。」 快活に笑いそう返される。それもそうだ。思い直すと再び外へと目を遣った。 相変わらず何も見えず、それが変わることもなかった。堀井はどうもいつもと違い寡黙であった。不安を掻き立てられる。心地の悪い沈黙であった。
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