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何も持たない、何も出来ないこの腕に、何かを期待したのだろうか。
生まれたての赤子が、大人の指を掴むようにして、少年はそのか細い両腕で僕の腕を抱いている。
愛しいと、心からそう思う。この全聾の少年は、美しい言葉も、美しい音色も、聴くことは出来ないのだ。僕がいくらこの子に話をしても、それで通じることはないのだ。その代わりに、しばらく僕の腕を彼に委ねた。
あぁどうして、この年端のいかないような無垢な子に、このような試練を与えたのか。
穢れも、聞くことはないのだろう。世界の何の音も聞こえずに、一つの音すら持たないのだ。この少年の身を思うと、涙は止まることなく流れ出る。
しばらくすると、少年は僕の腕を名残惜しそうに離すと、僕の顔を見てぎこちなく笑った。
それは純粋なもので、自身が受けた仕打ちを何一つ気にする素振りもないような。それでいて、僕にとっては大きな勇気をくれるもの。
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