3人が本棚に入れています
本棚に追加
朝六時。目覚まし時計のけたたましい音が鳴り響く。枕元に置いた眼鏡に手をかけると、もう一方の手で喚き立てる機械を叩き潰さん勢いで止める。睡眠を要求する身体に鞭打ち、上体を起こし立ち上がった。
不思議なもので、目覚まし時計の音というのは、自分で選んで買ったにもかかわらず、一週間も経つと不快なものにしか聞こえなくなる。苛立ちを募らせるそれは、よく仕事をしているのだろう。嫌気が差す。
毎日目覚まし時計のように同じ時間に同じことをする。生きている実感もなく、社会の歯車として、ただ機械の如く動いているのだ。
満員電車に揺られ、満員のバスで舌打ちを聞く。変わらぬ光景で、変わらないから日常だ。抜け出す術もなく、周囲の人間も陰気くさく、死にかけているのだ。
「あの、これ落としましたよ。」
見覚えのある女性に声をかけられる。いつもバスが同じの女性だ。同じ時刻に同じバスに乗っている。同じ境遇なのかと思案し同情したこともある、その中の一人。
彼女が差し出した手には、几帳面に畳まれた濃紺のハンカチが握られていた。
最初のコメントを投稿しよう!