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しかし、彼は一体何にそんなに焦っているのだろうか。
雨宮は激しい息遣いで、
震える足で、
張り裂けそうな心臓で、
その扉を開ける。
「…気の毒…だったな…」
院内ロビーには縦一列に並べられた
4人ほどが座ることのできる長椅子が数個ある。
色は少し穢れた黄色。
声をかけた男の目線には、
その一番後ろの長椅子の片隅に小さく座り、
まるでこの世の終わりであるかのような
そんな雰囲気を醸し出しながら肩を落とす雨宮がいた。
「…あぁ…柊か…」
雨宮は力なく返事を返す。
柊は雨宮とは昔からの長い付き合いである。
それでも、こんなにも落ち込んでいる雨宮を見たのは
初めてのことであった。
しかし、柊はそのことに大して驚きはしなかった。
柊は隣に座る。
「…ほら…飲むか…?」
柊の手には二本の缶コーヒーが握られていた。
「…いや…遠慮しとくよ…」
雨宮はそう返すと再び下を向いた。
「…だよなぁ…」
柊はそう言って、
雨宮に渡す予定だった缶コーヒーを開けた。
雨宮の暗い雰囲気に飲み込まれるかのように、
柊も横に座ったまま黙り込んだ。
と言うか、話せなかった。
こんな初めての状況下で柊には
雨宮にかける言葉を見つけることが出来なかった。
彼の右手にある開いてない缶コーヒーがその全てを物語っている。
カチ…カチ…カチ…
沈黙が続く二人の空間には時計の秒針が進む音さえも
際立って聞こえてきた。
柊は頻繁に時計を見る。
そのせいなのか、彼は時間が経つのがあまりにも遅く感じた。
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