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奴をいじめても反応がなかった。何をしても飄々としていて、気にくわないを通り越して、気味の悪さまでも感じていた。殴ったり、蹴ったり、金を盗ったり、私物をバラバラにしたこともあった。それでも、同じ。暴力には逆らわないし、散らかったものも何も言わずに片付ける。何も意に介していないかの様に。
そんなだから悔しくて、最近はクラスの大半も巻き込んで、あいつを泣かせようといじめの手段を探してる。漫画を見たり、ネットで探したり、とにかく色々だ。何とかして、奴を泣かせてやろう。ああ、楽しみだ、皆で奴を屈服させてやろう。
朝、登校時。奴はいつもの様に、後ろの扉からざわつく教室へと入ってきた。奴が来た途端に静まり返る教室。これもいつも通りだ。奴の席は窓側の最前列。そこまでにかかる時間は長いが、いつもの様に静まり返っている。だが、自分の席へ向かう奴は、突然足を止めた。正直、これはあまり効果があるとは思わなかったが、意外と効果はてきめんらしい。
奴の視線の先には、いつもと違い中傷のない綺麗な机に、おいてある菊の花が入った花瓶。固まっている奴を見ながら、皆がクスクス笑う。クスクスの大合唱だ。俺も必死に右手で隠しているが、にやけが止まらない。
「ねえ」
クラスのざわつきが止まった。不意に奴が口を開いたからだ。奴の声音はいつもの通りだが、何故だか背中に寒気が走った。底冷えのするような、そんな感じだった。奴はゆっくりと振り返る、いや、確実に俺の方へ向こうとしている。なんでだ、俺が置いたことがわかったのだろうか。
奴の顔には笑みが浮かんでいた。奴が笑ったのは、俺が知る限り初めてだ。あんな笑顔を見るのも初めてだった。瞳孔は開き、口元は裂けているかの様に伸びている。そんな歪んだ笑みは見たことがない。皆が奴に視線を集め、そして怯えている。得体の知れない物を見るかのように。
突然、ドアが閉まった。勢いよく、大きな音を立てて。硬直が解けたかのように皆はドアに群がる。叫び声、怒号、泣き声の大合唱。しかし、ドアは開かない。教室はパニックだ。
俺は動かなかった。いや、動けなかった。奴に睨まれたまま、体がすくんで動けない。笑みを浮かべて、一歩一歩、俺に近づいてくる。奴が口を開いた。それは、けして大きな声ではなかったが、大音量な恐怖のBGMの中でも、よく通った。
「どうして僕が死んでるってわかったの?」
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