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「ねぇ大地。あたしとマヨネーズ、どっちが好き?」
綾子がそう訊いたのは、すっかり秋風が吹き始めた九月初旬のことだった。
この世界の神様はもう夏に未練はないらしい。
珍しく静かだった栽培部の部室に波乱の兆しを察知し、僕は読んでいた文庫本から目を離した。
「えっと、その……どうしたのさ綾子。藪から棒に」
「あたしとマヨネーズ、どっちが好き?」
珍しく静かだと思ったら、ずっとそんなことでも考えていたのだろうか。
いや、きっと単なる思い付きだろう。
何故なら綾子は思ったことをすぐに口に出すからだ。
そもそもものを考えるだけの知性があるかもあやしい。
だが、安易に答えては血を見ることになりかねない危うい質問だ。
まだ女心を理解しきれていない僕には、慎重に考えて答える必要がある。
「も、もちろん、どっちも好きだよ」
「どっちかといったら?」
「そ、それは……」
「答えて。どっち?」
「え、ええと……」
「5秒以内」
「え、ちょっ」
「4……3……」
「ご、ごめん綾子。一晩考えさせてくれないかな」
「……2」
「タイム!持ち時間の延長を要求する!」
「……1」
「ええい、ままよっ!」
右手の人差し指と中指と薬指を綾子の左側頭部へ、左手の人差し指と中指と薬指を綾子の右側頭部へ、右手の親指を綾子の左顎へ、左手の親指を綾子の右顎へ。
そして、綾子の唇へ、僕の唇をそっと重ねた。
全てを誤魔化す秘策。
綾子と付き合い始めて一週間。
まさかこうも早くこれを使うことになるとは思わなかった。
「ズキュウゥゥン」
部室の隅で僕達のやりとりをニヤニヤしながら眺めていた英司から、謎の擬音が発せられる。
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