初恋

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「ただいま……」 玄関の鍵を開ける音とともに、低く小さめの声で部屋へ入ってくるユウさん。 俺の顔を見て、すぐに 「出版社での専属起用おめでとう」 と、赤の他人のスタートを祝福してくれた。 「なんだ、もう飲んでたのか?俺が特製のカクテル作ってやろうと思ってたのに」 「カクテルって柄じゃないよ」 ユウさんは、昔、カメラマンとして成功する前にバーテンをやっていたらしい。 「ユウの作るカクテルは美味しいよ。だから何杯でもイケるの」 「…………へえ……じゃ飲みたい」 昔、 ……むかし そのバーで、俺の母さんと出会ったらしいから。 刑が確定してから数ヵ月後に刑務所へ面会へ行ったとき、 『枯れそうで枯れない、可憐な華のような男だと思った』 水城ユウのことを、 そう懐かしそうに話していた母さん。 父さんを殺し、 俺たち子供のことを捨てようした女。 憎らしさと同じくらい哀れで 怖いくらい情熱的で 心底嫌いになることはできない。 「明日は早いのか?」 「…………きゅ……時出社だょ……」 カクテルを二杯飲んだだけで、すっかり出来上がった俺に、 雪さんは毛布をかけてくれた。 ″俺は、やっぱりお子様だ……″ リビングで、 仲良く酒をたしなむ夫婦を前に、 酒の作った夢見心地でまるでふわふわと浮いているかのように寝転がる俺。 時折、 ボンヤリ目が開くのを繰り返した真夜中 狭い視野の中で見つけたソファーでの人影に、 身体が硬直する。 雪さんが、 縛られていた。 image=482528860.jpg
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