第3章

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静江から開放されたのは、少し空が赤紫に染まった夕方だった。ひどく疲れてしまった。どうにか顔には出さないようにしていたが、きっと家につく頃にはまた、祖母のようになっているのだろう。 帰り際、義人君が小さく手を振っていた。私達は秘密を共有したのだ、静江には内緒の同盟、気付かれてはいけない。果たして、彼はうまく私にメールを送ることができるのだろうか、忘れてしまうのではないか。そんな不安を感じながらも帰路をなんともなしに歩いた。 「ん?」 私が『日常のなんでもないようで胸が踊るようなできごと』に遭遇したのは、会社から15分程歩いたところだった。以前訪れたthird Cafeの近くだ。その、『日常の(以下略)』というのは、猫だ。ただの猫ではない。動物には詳しくないのだが、綺麗な毛艶をした灰短毛の猫だ。ご丁寧に赤い首輪が着いている(それも少し緩いようだ)。 「綺麗…」 思わず漏らしてしまった、一言。しゃんと背筋を伸ばし(猫の姿勢が良いことを、背筋を伸ばすというのだろうか)、しなやかに歩く、まるで目的地があるかのようだ。いや、首輪が着いているのだから、目的地といえば飼い主の家なのだろう。こんなに着飾って、デートにでも行っていたのだろうか。猫のくせに生意気な奴め。 スタスタ、スタスタ。コツコツ、コツコツ。 なんとなく後をつけてみた。尾行なんて初めてした。これを尾行というかどうかは不明だが。猫はたまに振り返り、私を確認すると「ふん、なに付いて来てんのよ。しつこいわねぇ」そんな顔をしてまた歩き始める。ちなみに猫の声はイメージにおまかせしよう。
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