明日、嫁に行きます!

10/155

10408人が本棚に入れています
本棚に追加
/171ページ
 さらに目を三角に尖らせた私は、「やんのかコラ」とばかりに満面の笑みで威嚇する。どこか面白そうに目を細めた彼も、片微笑みながら視線だけで私に無言の威圧をかけてきて。  私と眼鏡紳士の笑顔の応酬に、お婆さんはコホンとひとつ咳払いをして話を続けた。 「私が転びそうになっていたところを助けていただいたの。ここにはたくさん人がいるけれど、こんなお婆さんなんて、誰も気にとめてはくれなかったのにね。疲れていた私を察して、こうして椅子にまで座らせてくれて。本当に優しいお嬢さん」  あら、そういえばお名前を聞いていなかったわね。  そうお婆さんが言うので、 「斉藤寧音と言います」  いけ好かない男を睨むのを止めて、お婆さんに笑顔を返す。  お婆さんに褒められて、照れてしまう。微笑を浮かべるお婆さんと目が合ってしまい、顔が熱くなるのが分かった。もじもじと俯いた私に、お婆さんはクスリと唇を綻ばせた。 「貴女がお祖母さんを助けてくれたんですか。……そう。それはどうもありがとう」  表情を変えずに、ちっとも感謝の情がこもってない棒読み口調で言うものだから、私、またしてもカチンときた。 「心配なんて言うんだったら、ちゃんとお婆さんの傍にいてあげてよ。足元がふらついて、具合が悪そうだったんだから。だいたい、貴方の取り巻きの女の人に突き飛ばされて、危うく怪我するところだったんだからね!」  私が正面切って反抗するとは思っていなかったのだろう。  唖然としている男の顔に溜飲が下がった。 「お婆さん、私はこれで失礼します。お話しできて、楽しかったです」  本当に楽しかった。  私は、そう思う心のままに、ほわりと笑った。  そして、ぺこりと丁寧に頭を下げると私は会場を後にした。  会場を出た私は、広い廊下を歩きながら、お父さんにメール入れようとカバンに手を突っ込んだ。  探り当てたスマホを手に、「先に帰る」ってお父さんにメッセージを打ち込んでっと。 「よし。送信完了!」  広いエントランスを通り過ぎ、入り口にいたベルボーイに挨拶を返しながらホテルを出ようとした時。  私を呼ぶ声が聞こえた気がして、思わず振り返った。  ――――げっ。  駆け寄ってきたのは、あのいけ好かない眼鏡紳士だった。 「寧音さん、呼び止めてすまない。もっとちゃんとお礼が言いたくて」  ……寧音さん? なれなれしいな、この男。
/171ページ

最初のコメントを投稿しよう!

10408人が本棚に入れています
本棚に追加