明日、嫁に行きます!

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 いきなりの話題転換に「は?」となる。 「あのお婆さんのお孫さんでしょ」  お婆さんがそう言ってたもの。  それ以外のことなんて、なんで初対面の私が知ってるなんて思うのか。  自意識過剰な残念男なのか。  ああ、女の人にモテまくってたから、そう思うのも仕方がないのかもしれないけれど、癇に障るったらありゃしない。 「ああ、そうですね。正解ですよ」  そう言って、彼はなぜか嬉しそうに破顔する。 「名前、教えてませんでしたね。僕は、」 「教えてくれなくてもいいです。だって、もう会うこともないだろうし」  間髪入れず拒絶を示した私に、彼は言葉を失いその場に固まってしまった。  驚きの中に混じる寂しげな表情に、ちょっと言い過ぎたかなと自責の念に駆られてしまう。でも、もう二度と会うこともないだろうから、名前なんて聞いても仕方ないと思うんだ。  今までの無礼を反省した私は、礼儀正しく「さよなら」と綺麗なお辞儀をして、ホテル内にあるタクシー乗り場まで、後ろ髪引かれる思いを振り切り駆け出した。  父の衝撃的「嫁に行け」発言から3日、私は特に変わることなく平穏無事に過ごしていた。  あの発言は、実はボケた父の狂言でした。なんてオチではないかとのん気に構えていたのだが。  事件は大学の講義が終わった後におとずれた。 「寧音、さっきの海洋水産学の講義で言ってた教授の言葉の意味、わかったか?」  オレはちっとも理解できなかった。と、私の隣を歩く、高校からの腐れ縁である坂本浩紀(さかもと ひろき)は、顔を顰めながら聞いてきた。 「あれは、水産物の安定供給の確保についての意見を、アジア諸国の水産事業との関連性を交えながら自分なりに考えてこいって解釈だと私は思ったけど」  あの教授、話がすぐ横道に逸れるから、いつの間にか質問が行方不明になることが多々あった。  私の答えに、浩紀は「ああ、そうか!」と、少年のような顔で破顔する。 「アイツ、言ってることがまるっきり意味不明なんだよなあ」 「そう? 結構、鋭いとこ突いてると思うけどな」 「あの横道に逸れまくる授業で、要点を的確に理解できる寧音が凄い。もはやあの授業は暴力以外の何物でも無いとオレは思う。孫と行ったディズニーランドの話から、なんで突然、中国海域の水質汚染やら日本のエネルギー自給率の話題に話が飛ぶのかサッパリ理解できないんだけど」
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