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教授の談義は何故横道に逸れまくるのか、という問題について話しながら、大学の門を出て駅へと向かおうとした、その時だった。
「斉藤寧音さん」
ふいに名を呼ばれ、私は声がした方へバッと振り向く。
視線の先には、雑誌から抜け出てきたようなスーツ姿の美青年が、グレーのベンツを背に佇んでいた。
「……貴方」
それは、もう二度と会うことはないだろうと思っていた男だった。
知的に見えるシルバーフレームの眼鏡を掛け、端整な顔立ちだが無表情。
あのパーティーで会った、慇懃無礼な眼鏡紳士だった。
「迎えに来ました」
うっすらと口元に笑みを浮かべながら悠然と歩み寄ってくる姿は、なんだか獲物を狙う猛禽類のような雰囲気を漂わせていて、なんだか怖い。
「そちらは?」
ちらりと隣にいた浩紀に視線を流しながら、男は聞いてきた。
眼鏡の奥の双眸が、なんだか前以上に冷たく、どことなく怒りを孕んでいるように見えて、私は眉をひそめた。
「あ、オレは寧音の高校時代からの友達で……」
ちょっと、浩紀。なに気圧されてるの。わたわたしてるし。
確かに、肉食獣を連想させるあの鋭い目は怖いと思うけど。
「貴方がここにいる意味がわかんないって言ってるんです」
「もちろん、寧音さんを迎えに来たんです」
迎えに来たとかわけわかんない。
微笑みながらそう言うが、なにが「もちろん」なのか理解できない。
「全く意味がわかんない」
「お父さんから聞いてませんか?」
お父さん?
お父さんから聞いた話っていったら――――。
「え? まさか」
大きく目を見開いて、彼を仰視する。
「ええ。僕は鷹城総一郎(たかじょう そういちろう)と言います。名前を言えば、理解してもらえますよね?」
――――僕が何を言いたいのか。
にっと片唇をつり上げながら、追い詰めた獲物をどういたぶってやろうかと嗜虐に嗤う(ように私には見えた)男・鷹城を、私は驚愕の眼差しで見つめる。
この男が、まさか……私の夫になるとか言う!?
「ムリムリムリムリッ!」
私は両手と頭を大きく振って拒否した。
「……貴女、たいがい失礼な人ですね」
ムッと不機嫌さを露わに睨まれても、無理なものは無理ですから。
「とりあえず、車に乗ってください。話は後で」
そう言って、鷹城さんは助手席の扉を開けると「早く乗りやがれ」的な眸で脅してくる。
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