10408人が本棚に入れています
本棚に追加
/171ページ
「寧音(ねね)ちゃん、頼む! 嫁に行ってくれ!」
テーブルに手をついて頭を下げる父の言葉に、私は持っていたお箸をポロリと落とした。
今は晩御飯中で、いつも通りの夕食……のはずだった。
「お父さん、なんの冗談?」
ごめん、全然笑えない。
つまんでいた卵焼き、落としちゃったじゃない。
ムッとお父さんを睨んでみるんだけど、その顔は紙のように顔面蒼白で、まるでデスマスクみたいだった。
ただならぬ雰囲気に5人いる弟妹たちも、目を白黒させて固唾を呑んでいる。
「冗談じゃないんだ。このままじゃお父さん、会社が倒産した挙句に破産して……一家離散しかないんだぁぁ!」
わあっと泣き伏すお父さんに、さすがの私も動揺を隠せない。
「だから、なんで私の結婚と一家離散がつながるのよ」
だいたい私、大学一年のまだ18歳なんですけど。
……突然嫁とか言われても。
「寧音ちゃん、あのね」
お父さんの背をなだめるようにさするお母さんが、綺麗な藤色の瞳を曇らせながら切り出してきた。
「知っての通り、お父さんの会社は鷹城(たかじょう)コンツェルンの孫会社でしょ? そこの若社長さんが、先日の創業80周年記念式典で、貴女を見初めたそうなのよ」
6人の子持ちとは思えないほどに悩ましげな視線を私に送ると、お母さんはほんのり頬を染めながらため息を吐く。
「貴女は私に似てとっても綺麗だから、仕方のないことね」
――――お母さん、頼むから空気読んで。なに「当たり前」みたいな顔してんの。今は自画自賛するところじゃないでしょ。
すっかり呆れ顔になった私は、お母さんに白い目を向けた。
「確かに寧音は、フランス人のお祖母様に似て、日本人離れした綺麗な顔立ちだからね。まるで生きたフランス人形だもんね」
だからね、お父さんも。娘自慢するところでもないでしょ。完全に話ズレてんですけど。
うちのチビたちも口々に「わたしもママ似だから綺麗よー」とか「俺は父さん似だからボンヤリ顔なんだよなぁ」とか。
好き勝手に騒いでいるけれど。
「ちょっと! だから、なんでそれが私の結婚につながるっていうの!? 私まだ18なんだけど!」
マイペースな家族たちに、とうとう私はキレて叫んでしまった。
「まあ、私は貴女を17で産んだわよ」
にっこり笑う母に脱力してしまう。
最初のコメントを投稿しよう!