明日、嫁に行きます!

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 どうやら鷹城さんはコンビニに行ったことがないらしい。  金持ち様はコンビニなんて利用しませんか。そうですか。初コンビニおめでとう、はじめてのお使い、いってらっしゃい!  くふくふ笑いながらそんなことを考えていると、鷹城さんはふて腐れたような顔を向けてきた。  むっつりとブスくれたその顔も、何だか可愛らしく思えてしまうから不思議だ。  私よりもずっと大人だけれどまるで子供みたいなその生態に、私は弟や妹たちと対峙する時みたいな口調に戻ってしまう。 「そうよ! ほら! でっかい図体が邪魔なの、そこどきなさい!」  しっしとばかりに追い立ててやる。 「はあ。では、買ってきますので」  悄然とした面持ちで、深いため息を吐きながら玄関へと向かう鷹城さんの後ろ姿に、また吹き出しそうになる。  あの無表情が崩れる様が面白すぎる。 「私おにぎりね。シャケとウメ。よろしく!」  また作業に没頭し始める私の背後で、くすりと笑う気配がしたけど、無視だ無視。  今はそれどころじゃない。この腐界を一刻も早く人間の住める環境に戻さなければ。空気も淀んでるし、とにかく汚すぎる。  瞬間、私の胸の内でザワリと何かが蠢いた。  ――――あの男、ほっとけない! こんな劣悪な環境ほっといたら、鷹城さんは病気になって死んでしまうかも知れない。  私が何とかしなければ! 使命感に燃えた私はもくもくと作業を再開した。  ほどなく鷹城さんは戻ってくると、テーブルに積み上げられた書類の上にコンビニ袋をドサリと置き、スーツのジャケットを脱ぐ。手渡されたそれを受け取ると、私は足元に転がるハンガーを拾い上げ、シワにならないよう窓枠に掛けた。  一連の動作をじっと見ていた鷹城さんの唇が、うっすらと笑みを刻んでいる。どこか嬉しげなその様子に、私は首を傾げた。 「僕はシャワーを浴びてきます」  あとよろしく。と、薄い笑みを口元に浮かべたまま、鷹城さんは浴室へと足を向けた。  彼の後ろ姿を見送った私は、胸の前で拳を固めてニッと嗤う。 「ふふ、ふふふ……」  やってやろうじゃないの。6人弟妹の長女をなめるなよ。こうみえて主婦歴は長いのだ。  私は長い髪を輪ゴムで縛り、ゴミ袋を発掘した後、『ゴミ屋敷』という名の戦場へと向かったのだった。  ――――意気込んだものの。
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