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チラリと彼の横顔を覗うと、表情は乏しいなりに喜んでくれているのが分かったから、まあ良しとしよう。
社会的地位を守るため、そして、想い人(男)への愛を貫くため、3億という大金を支払ってまで偽装結婚を望む鷹城さんの気持ち、私、ちゃんと理解した。
理解したけど、呼び捨てだけは気に入らない。
私は異議ありと手を上げた。
「呼び捨てはイヤ」
「なぜ?」
鷹城さんは持っていた箸をぴたりと止めて、すうっと双眸を眇めた。
険しい彼の目が、何故か私を責めているようでめちゃくちゃ怖い。
「……なんかイヤ」
明確な理由なんてないけれど、馴れ馴れしすぎてとてもイヤなんです、はい。
「……彼には名前で呼ばせてるくせに」
彼? 誰のこと言ってるんだろう、鷹城さん。
私は首を傾げた。
「同じ大学の……浩紀くん、でしたか?」
え? 浩紀? だって、浩紀は幼馴染みみたいなものだし、呼び捨てくらいいいんじゃないの?
突き刺すような鋭い眸で射貫かれて、後ろ暗いことなんて何もないんだけど、つい挙動不審になって視線を泳がせてしまう。
なんか刑事に尋問されてる犯人的な気分なんですが。
濡れ衣を着せられた上に自供しろーって脅されてる気がしてムッとする。
「浩紀は私のツレだもん、呼び捨てくらいするでしょ?」
「あの男は、寧音の彼氏ではないんですか」
「ゲッ、やめて気持ち悪いアレは友達」
今も昔も冗談っぽくそれらしいことは言われるけども、私にはそんな気持ちはミジンコ程もない。今となっては浩紀が彼氏になるなんて想像すら出来ないし、むしろ笑いしか出てこない。
「それはいい心がけです」
鷹城さんは、うんうんと満足げに頷く。
意味が分からない。彼は偽装結婚の相手にまで貞操を求めると言うんだろうか。
鷹城さんは、実は潔癖な男なのかも知れない。
……腐界な汚部屋に住む潔癖症な男。
なんかシュールで笑えない。
やっぱりゲイ様の心情は、私のような凡人には計り知れないわ。
なんて、無礼千万な言葉は心の中に留めておいて、空っぽになったお皿を集めた私は、食器を洗うためにいそいそとキッチンへと下がった。
この土日は掃除一色で潰れる覚悟で、テキパキと片付けを開始する。
ストッキングとハンガーで作った簡易モップをズボンに突き差し、掃除機片手にまだ手つかずの部屋を駆けずり回る。
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